寺院の沿革

長秀寺の来歴
沿革
松原山長秀寺は、曹洞宗に属する寺院で、寛永五年(1628年)、
武州久米川(現在の東京都東村山市)にある梅岩寺二世・雲谷円龍和尚を開山として創建された。
梅岩寺を御本寺と仰ぎ、以来約四百余年にわたり、当地の信仰の中心として法灯を伝えている。
もと松原村は西方横手に位置していたが、元和八年(1622年)、
羽州街道が開かれた際、現在地に移転し、黒沢村とともに宿場の継立を担うこととなった。
横手付近には「寺屋敷」の地名が残り、古くから寺院が存在していたことがうかがわれる。
堂宇
- 本堂
- 寛保二年(1742年)に再建。入母屋造。
本尊の釈迦牟尼如来像は、江戸前期の仏師・法眼左京の作と伝えられる。 - 開山堂並びに位牌堂
- 入母屋造。昭和十四年、開山三百年記念として建立された。
- 山門
- 切妻造。再三の建て替えを経て、現在の山門は明治二十二年に再建されたものである。
- 薬師堂
- 宝形造。薬師如来を安置し、濁世の病難を救う仏として信仰されてきた。
内陣の丸柱や上部の斗栱(組物)は、室町後期のものと推定される。 - 観音堂
- 宝形造。観世音菩薩を祀り、衆生の苦しみや災難を救う仏として信仰を集める。
本尊の聖観世音菩薩像は、室町後期の作と推定されている。 - 史蹟
- 宇留野春庵の墓と夜あき門
昭和四十七年七月
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